ドキュメンタリー

映画「27クラブ」の感想。偉大なアーティスト達の共通点とは?


天才的なアーティストは27歳の若さで命を落とす。そんな都市伝説的な噂をご存知でしょうか。「27クラブ」と呼ばれる数奇な面々にはジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックス、カート・コバーンなど、錚々たる顔ぶれが揃います。

そんな27クラブに「入会」した6人のミュージシャンについて取り上げたドキュメンタリー映画「27クラブ」をNetflixで観てみました。


「27クラブ」とは?

club_Graffiti_in_Tel_Aviv-min
By Tommy QuittOwn work, CC BY-SA 4.0, Link

「27クラブ」とは「27歳で死亡した有名アーティスト」たちを指す隠語のようなもの。

そして、27歳で亡くなるアーティスト達の事を、いつしか「27クラブに入会する」といった言われ方をするようになりました。

27クラブへの入会は明確で、

  • 誰もが知る天才的なアーティスト達であるという点
  • 27歳で亡くなるという共通点

と単純なもの。

27クラブには多くのアーティストが入会していますが、ミュージシャンだけでなく、画家や俳優なども含まれます。

上記の壁画でも、27歳の若さで亡くなった有名な画家「バスキア」が描かれていますね。

「天才は27歳で死ぬ」という都市伝説的な話が広がり、「27クラブ」という言葉が生まれました。

映画「27クラブ」に登場する6人のミュージシャン

1969年から1971年のわずかな間に、4人もの有名アーティストが「27歳」の年齢で立て続けに亡くなった事が「27クラブ」の本当の由来でもあります。(諸説あり)

  • ブライアン・ジョーンズ(ザ・ローリング・ストーンズ)
  • ジミ・ヘンドリックス
  • ジャニス・ジョプリン
  • ジム・モリソン(ドアーズ)

この面々を見てみると、確かに重要なアーティスト達が連続して亡くなっており、さらに27歳で共通していたとなれば、世間がザワザワするのもわかりますね。

このザワザワから時間を経て約20数年後。

今度は「ニルヴァーナ」のボーカル「カート・コバーン」が1994年4月、やはり27歳で亡くなったことで、再びザワザワしていたあの「27歳のジンクス」はある!となったわけですね。

こうして

「27クラブ」はあります!

となったわけですが、数十年後、再び27のジンクスが繰り返されます。

今度はあの「エイミー・ワインハウス」が2011年7月に亡くなったのでした。

ヒッピーカルチャーとドラッグ

2697189364_ab8c3bf7e5_z-min
Photo credit: Kathleen Tyler Conklin on Visualhunt.com / CC BY

ここまで「天才が27歳で亡くなる」事が連発していると、たしかにその不思議な世界観というか、「27クラブ」ってあるのかも〜となりますね。

もちろん、これはあくまでただの偶然。

しかし同時に、天才アーティスト達が迎える「27歳」というタイミングは、様々な苦悩や背景が関係しているのかもしれません。

この背景に潜んでいるのが

  • ドラッグ
  • 病気

といった要因です。

実際、27クラブを代表する有名アーティストで、元ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズは、アルコールとドラッグによる影響で死亡しています。

ブライアン・ジョーンズを始めとした、4人のアーティストが亡くなった1960年代とは、どのような時代背景だったのでしょうか。

1960年代のアメリカ

1960年代のアメリカは「公民権運動」が行われるなど、非常に活発な時代で、あの「ケネディ大統領」が亡くなったのも1963年のこと。

この時代の風潮は、「ベトナム戦争(1955年〜1975年)」へのアメリカの軍事介入(1965年〜)、及びベトナム戦争の長期化による不満から、アメリカ市民は次第に変革を求める動きが活発になってきていました。

こうして本格的に誕生したのが、若者たちを中心に生まれた「ヒッピー文化」

「平和」「愛」「自由」といったように、ラブ&ピースな文化が生まれたのがこの時代です。

しかし、この自由な風潮は、ドラッグやマリファナなどを蔓延させるきっかけにもなりました。

「ヒッピー」と「カウンターカルチャー」

Hippie_bug!_(1043753793)-min
By Mathias Degen from Cologne, Germany – Hippie bug!, CC BY-SA 2.0, Link

そもそも当時のアメリカはそれまでの伝統や敬虔な姿勢など、今では考えられないほど厳しいものだったのでしょう。

そこで発展したのが「カウンターカルチャー」と呼ばれる社会と反した文化
「伝統(カルチャー)」に対して「抵抗(カウンター)」するという考え方です。

このようにして、当時のアメリカでは「ヒッピーカルチャー」や「カウンターカルチャー」という文化・考え方が中心となり、これを表現する役割を担っていたのがロック音楽でした。

ウッドストック・フェスティバル

1969年、こうした時代背景も手伝い、大成功を収めた伝説の野外フェスが「ウッドストック・フェスティバル」です。入場者数はなんと40万人!

ヒッピーカルチャーを表すように、多くの人が自由に過ごしている様子が観られます。

では具体的に、ドキュメンタリー映画「27クラブ」に登場する6名のミュージシャンについて解説していきたいと思います。

ブライアン・ジョーンズ(ザ・ローリング・ストーンズ)

Brian-Jones-1965-min
Von Olavi Kaskisuo / Lehtikuva – https://d3gg7gh6znnt6d.cloudfront.net/thumbnail/34544015.jpg, Gemeinfrei, Link
活動期間 1960年〜1969年
1969年7月3日(27歳)
死因 自宅のプールで溺死。アルコールとドラッグによる影響。

「ザ・ローリング・ストーンズ」といえば「ミック・ジャガー」。

このザ・ローリング・ストーンズ(ローリング・ストーンズ)のリーダーであったのが「ブライアン・ジョーンズ」です。

「ローリング・ストーンズ」の名付け親はブライアンですが、リーダーと言ってもかなり初期の頃で、実際はミック・ジャガーとキース・リチャーズの両名がローリング・ストーンズを引っ張っていったと言っても良いでしょう。

ローリング・ストーンズの脱退とその後

ハーモニカを吹いているのがブライアン・ジョーンズ。

バンドはイギリスで大成功を収めていきますが、ブライアン・ジョーンズは女・酒・ドラッグと、典型的な転落人生を歩んでいきます。

1969年6月、ブライアン・ジョーンズは音楽性の違いという理由からローリング・ストーンズを脱退することに。

ブライアン・ジョーンズの死因

ローリング・ストーンズの脱退から約1ヶ月後となる1969年7月3日、自宅のプールで溺死しているブライアンを恋人が発見。

死因はアルコールとドラッグによる要因で、プールで溺死したと判断されました。

ブライアンの死は不運な出来事が起きたと結論付けられましたが、一部では他殺説など様々な見解が存在します。

ジミ・ヘンドリックス

Jimi_Hendrix_1967_uncropped-min
By Original photographer unknown – e24.se, attributed to Scanpixtrelleborgsallehanda.se, Public Domain, Link
活動期間 1963年〜1970年
1970年9月18日(27歳)
死因 ドラッグ、睡眠中の嘔吐物による窒息死

「ジミヘン」ことジミ・ヘンドリックスは、おそらくこの27クラブの面々の中でも一番有名なのではないでしょうか。

ジミ・ヘンドリックスも27歳の若さで亡くなった27クラブの一員ですが、死後においても「ギターの神様」など、今もなお多くのバンドマン達に影響を与えている人物で知られます。

今もなお影響を与え続けるパフォーマンス

615px-Banks_Hendrix-min
By Steve Banks – Steve Banks, CC BY-SA 4.0, Link

ジミ・ヘンドリックスは左利きだったため、右利き用のギターを逆さにして演奏していたことや、歯でギターを弾いたこと、ギターを燃やし破壊するなど、非常にインパクトの強いパフォーマンスを行うギタリストでもありました。

「ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」や「ジプシー・サンズ&レインボウズ」「バンド・オブ・ジプシーズ」など、バンドとしても活動していたジミ・ヘンドリックスですが、当時はまだ人種差別も多い時代。

黒人社会による様々な葛藤、ドラッグ依存、麻薬不法所持による逮捕など、ジミ・ヘンドリックスも多くの問題を抱えていましたが、世間に与えていたインパクトは当時も相当なものだったようです。

ジミ・ヘンドリックスの死因と謎

11033752054_bda1f1fa07_b-min
Photo credit: stratopaul on Visualhunt.com / CC BY-NC-SA

1970年9月に亡くなったジミー・ヘンドリックスの死因は「窒息死」。

睡眠中にドラッグの過剰摂取による影響で吐いた嘔吐物を詰まらせ、窒息死したというのが定説になっています。

しかし、死亡時のジミ・ヘンドリックスと共に居た女性の証言が明確ではなかったため、信憑性に疑いがあるとも言われているようです。

ジャニス・ジョプリン

Janis_Joplin_seated_1970-min
By Albert B. Grossman Management (personal manager), New York. – eBay itemphoto frontphoto back, Public Domain, Link
活動期間 1966年〜1970年
1970年10月4日(27歳)
死因 オーバードーズ(薬物の過剰摂取)

ヒッピー文化を象徴するシンガーとも言える「ジャニス・ジョプリン」。

独特な声とその存在感で、多くの人を魅了してきた女性シンガーで、1969年のウッドストック・フェスティバルにも出演していました。

ジャニス・ジョプリンの死因

こちらはジャニス・ジョプリンの人生を描いた映画「ジャニス:リトル・ガール・ブルー」の予告編。

映像からも分かる通り、ジャニス・ジョプリンは喜怒哀楽をそのまま表現する、人間味のあふれる人物であったとわかりますね。

ジャニス・ジョプリンの曲を聞いても、彼女の人柄が垣間見れるような気がします。

27クラブの一員であるジャニス・ジョプリンは1970年10月4日、滞在先のハリウッドのホテルで死亡。

死因はオーバードーズ(薬物の過剰摂取)と確認されました。

ジム・モリソン(ドアーズ)

活動期間 1963年〜1971年
1971年7月3日(27歳)
死因 心臓発作

バンド「ザ・ドアーズ」のボーカル「ジム・モリソン」も27クラブの一員。

「Light My Fire」のヒットで一気に注目の人気バンドとなったザ・ドアーズですが、1969年に行われたライブでジム・モリソンがステージ上で自慰行為を始めた疑いにより逮捕、6ヶ月の禁固刑に処されています。

ジム・モリソンはザ・ドアーズ結成の前からドラックや酒に溺れていたようですが、この事件のときにはライブ中であったのにも関わらず酔っ払っていたのだとか。

ただし、実際にその様子が収められた写真が無いことや、関係者・メンバーからも証言が取れていないことから、本当に自慰行為が行われたのかどうかは不明。

その後、事件から40年後となる2010年12月に恩赦が与えられ、無罪放免となるのでした。

ジム・モリソンの死因

27クラブの他メンバーと同様に、波乱の人生を歩んでいたジム・モリソン。

そんなジム・モリソンの死因は心臓発作による突然死。
しかし、その死も様々な憶測を呼ぶことに。

中でも濃厚であるのは、薬物の過剰摂取によるものと言う説が濃厚であるようです。

カート・コバーン(ニルヴァーナ)

2403413061_b70f528a85-min
Photo credit: berto_punker92 on Visual hunt / CC BY
活動期間 1987年〜1994年
1994年4月5日(27歳)
死因 自殺

ジム・モリソンの死から約20年以上の時を経て、再び「27クラブ」を思い出させる要因となったのが、バンド「ニルヴァーナ」のボーカリスト「カート・コバーン」の死です。

ニルヴァーナは1990年代を代表するロックバンドで、「グランジ」や「オルタナティブ」といったジャンルの代表格とも言えるバンド。

中でも「Smells Like Teen Spirit」のヒットによって、ニルヴァーナの人気は不動のものとなりました。

カート・コバーンの死因

カート・コバーンは1994年4月5日に自殺により死亡。

少年時代からうつ病や薬物依存を患っていたカート・コバーン。

曲作りによる苦悩や、自身が思い描いているあるべき姿(アンダーグラウンドで活躍したかったため)に苦しめられていました。

そんなカート・コバーンもまた、薬物を摂取したことも要因となり、ショットガンで頭を撃ち、自殺してしまいます。

カート・コバーン暗殺説

カート・コバーンも他の27クラブの面々と同様に、暗殺説が浮上しています。

疑惑を持たれているのが妻(離婚調停中)の「コートニー・ラブ」。

カートが自殺する際にはメモが書かれていましたが、その内容は遺書ではなく妻コートニー・ラブへの批判でした。

また、コートニーが遺産について触れていたことなども手伝い、様々な疑惑が浮上していますが、真相は明らかではありません。
現在もまだシアトル警察による捜査は続いているようです

エイミー・ワインハウス

292px-Amy_Winehouse_-Virgin_Festival,_Pimlico,_Baltimore,_Maryland-4August2007-min
By Greg Gebhardt from Laguna Beach, CA, USA – Amy Winehouse, CC BY 2.0, Link
活動期間 2003年〜2011年
2011年7月23日(27歳)
死因 薬物とアルコールによるものみられる

カート・コバーンの死から数十年後となる2011年、再び27クラブの名が知られる様になったのが、イギリスの女性R&Bシンガー「エイミー・ワインハウス」の死。

エイミー・ワインハウスの死は本当に勿体無いですね。

2003年に発表したデビューアルバム「Frank」が大ヒット、続く2006年に発表した「Back to Black」も大ヒットを記録し、トップR&Bシンガーへと上り詰めたエイミー・ワインハウス。

2000年代に存在していたアーティストながら、1960年代のR&Bを匂わせる雰囲気がありますよね。

エイミー・ワインハウスの死因

9198978893_1ac2d2f1f5_b-min
Photo credit: Karen Blue on VisualHunt.com / CC BY-SA

デビューからすでにスターダムへとのし上がり、夢を掴んだ素晴らしい女性というイメージも強いエイミー・ワインハウスですが、彼女もまた薬物依存やアルコール中毒に悩まされていました。

リハビリ施設への入所やマリファナ所持容疑による逮捕など、スキャンダルにも事欠かなく、常にパパラッチに追いかけられていたエイミー・ワインハウス。

そんな彼女が亡くなったのは2011年7月のこと。

自宅で死亡しているのを発見され、死因はアルコール中毒による過剰摂取と判断されました。

代表曲は「Rehab(リハブ)」

他の27クラブのメンバーも素晴らしいですが、「Rehab」や「Tears Dry On Their Own」などのヒット曲で知られるエイミー・ワインハウスもまた、素晴らしいシンガーでした。

リハブは某TV番組のオープニングにも使用されていますね。

また「レディー・ガガ」や「アデル」も、エイミー・ワインハウスをリスペクトしていた事で知られます。

そんなエイミー・ワインハウスを描いたドキュメンタリー映画「AMY エイミー」が2016年に公開。

私もまだ観ていないのですが、ぜひともチェックしておきたい作品です。

レディー・ガガも27クラブに入会しかけた?

「27クラブ」で検索かけると「ガガ」というワードが。

え?レディー・ガガって元気じゃんと思って調べてみました。

因みにレディー・ガガは現時点で32歳。

そんでもって執筆時点では、女優デビューとなる「アリー/スター誕生」の公開も迫っているなど、絶好調のタイミングです。

27クラブには入らない

Lady_Gaga_(6891780238)_(cropped)-min
By Eva Rinaldi from Sydney, Australia – Lady GagaUploaded by tm, CC BY-SA 2.0, Link

ああ、そういうことね。

調べてみると、ガガ自身がドラックに依存していた過去を話したことや、2013年に受けた手術の影響から、痛みを和らげるために使用していたマリファナへの依存といった話が取り上げられ、27クラブへの入会か?と話題に上がっていたようですね。

因みにこの話題が上がっていたのが、ガガが27歳のとき。

無事に28歳を迎えられるか?という周囲の心配からの事でしょう。

また、ガガ自身もラジオで「27歳よりも長く生きる」「27クラブには入らない」という発言もしていました。

確かに、レディー・ガガも27クラブに入りそうな雰囲気がありますよね。

前述の通り、ガガは無事に32歳を迎え、元気に活躍中です!

まとめ

もしもそのまま生きていたら、もしも作品を生み出し続けていたら・・・
そんな思いにはせてしまうようなメンバーだらけの27クラブ。

27クラブに入会することは名誉なことではありませんが、何か不思議なチカラが働いているのかも・・・しれませんね。

特に1960年年代は激動とも言える頃で、ドラッグが一般市民にもどんどんと浸透していっている様子が伺えます。

ドキュメンタリー映画「27クラブ」は6人のミュージシャンを取り上げた作品ですが、実際には27クラブにはもっと多くのアーティストが入会しています。

このドキュメンタリー映画だけでは、27クラブのすべてを知ることは出来ませんが、27クラブを知るきっかけとしては入りやすい内容なのかな?という印象です。

時間的にも1時間ちょいで観られますので、興味がある方はぜひ見てみては?

Sponsored Link


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください